2012年5月14日 (月)

釜煎り茶

 きょうは、雨だったが、このところ、田植えに忙しい鹿野では、どこの農家の庭にも、釜煎りしたお茶が、干してある。

 昨日は、渋川で、ちょうど、窯煎り作業の真っ最中に出くわした。親子孫(たぶん)3代の美女が、息もつかず、窯で煎り、筵の上で揉んでいる。

 たぬきのおじさんから、鹿野の釜煎り茶については、さんざん、聞かされていたが、作業を目の前にするのは、初めて。

 「わたしらは、やっぱり、このおちゃが、おいしい」
 「そりゃそうですよ」

 よくみると、使っている釜は、径60㎝くらいの鉄の釜。

「こりゃ 年代ものですね」と私。

「年代もんよ。100年は使っている」

 残念ながら、写真は撮らなかった。美女3人に見とれていたので。
 かわりに、農家レストランたぬきの抹茶ムース。
 お茶の葉がてっぺんに挿してある。おいしかった!

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2012年5月11日 (金)

「共産主義」という用語について③-辞書を見るとーその2

広辞苑ですが、前回紹介したのは第2版の説明です。きょう、鹿野に行ったついでに図書館によって、広辞苑の第6版をみてみると「きょうさん【共産】資産・生産手段などをその社会の構成員が共有すること」とあり、少し、正確になっています。そのあとの共産主義の説明は、変わっていませんでした。

ついでに、だれが、最初に、コミュニズムに「共産主義」という訳語を当てたのかわかるかな、と思って、百科事典をみると、ラテン語の「コムーネ」=財産を共有するという意味があり、そこから、「共産」いう言葉が出てきたという説明がありました。

ついでに、そこに『大漢和辞典』があったので、見てみました。すると「一切の私有財産を否定する制度」とあります。これは、戦前に記載されたものでしょうが、それこそ「タンスの中まで」という記述です。

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2012年5月 7日 (月)

「共産主義」という用語について②―辞書を見ると

2,3の国語辞書を見てみると、「共産主義」の項は、ほとんど、「財産を共有にすることで、平等な社会を目指す思想、運動」という記述が先に出てきます。

 そのあと、マルクス・エンゲルスが、「生産手段の共有化」によって云々、となっています。

「広辞苑」となると、なかなかのもので、まず「きょうさん【共産】財産を共有にすること」として、次に、「-しゅぎ【共産主義】①私有財産制の否定と共有財産制の実現によって貧富の差をなくそうとする運動」としています。(広辞苑第2版補訂版)そのなかに、プラトンからマルクスとエンゲルスまでひとくくりにしているのですから、旧ソ連が「社会主義・共産主義の本家」とされ、独裁体制をとっていた時代に、「たんすのなかまで取られる」というようなまことしやかに語られることがあったのも、むべなるかな、ということになるのでしょうか。

 辞書編集者には、「共産主義」の項については、せめて、不破哲三氏の「マルクス未来社会論」(2004年新日本出版社)くらいには、目を通して欲しいものです。

それにしても、最近編集した「岩波国語辞典」でも、見出しに「きょうさん【共産】」という語を点てて、まず、「財産の共有制」と解説していることに、疑問を感じます。【共産】という言葉があって【共産主義】ということばができたのではないはずです。

「共産党」は、コミュニストパーティです。コミューン(commune)には、単独では「共同」ということで、それ自体に「財産の共有制」という社会制度の意味はありません。

まず、communism=コミュニズムという語の訳語として【共産主義】ということばができたと考えています。なぜなら、【共産】に相当する英語の単語はないからです。この点は、別な機会に、くわしく調べてみます。

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 写真は、須々万の田んぼと夕日。

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2012年5月 5日 (土)

「共産主義」という用語について①

共産党という党名を変えたらとよく言われる。ソ連、中国など、いままで登場した「社会主義」国のイメージがあり、それだけで、引いてしまう、というのである。

ソ連や中国と日本の共産党は違うとはわかっているが、党名に引っかかる、と言われる。

「共産」ということで、「財産の共有」というように曲解され、学生時代(1970年前後)、静岡にいて、伊豆の方のとある町議会選挙で「共産主義になったらタンスの中のものまで取られる」というような宣伝がされた時期もあった。

それで、communism(コミュニズム)に「共産主義」という語を当てたのか、最初の訳者がどう考えたか知りたいと思っていた。

じゃ、どんな名がいいかと、いうとなかなか難しい。

それで、共産主義=コミューン、共同体を基本とする自由な人間関係を基礎とする。これが、コミュニズムであり共産主義はその日本語訳である。

共産主義という訳語がどうなのか?とも考えた。

「共産」というより「共同社会」というイメージの用語はなかったのか?

とも、考えたが、なかなか思い当たらない。

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 写真は、金剛山から。「昼と夜の境目」。

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2012年4月21日 (土)

やまつつじ‐Facebook俳句8

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     あはく はげしくもえる 山躑躅

 新緑の中に、見え隠れする山躑躅は、この時期の花で一番好きな花である。控えめに見えるが、そばに寄ってみると、“淡ひ”紅は、やはり花の盛りであり、この瞬間という緊張があふれんばかりである。

「あはひ」という旧仮名遣いを用いるのは、“は”の音のうち“h”の音が、フランス語のように、発音されなくなったものとして、“あはひ”と言ってみると、本当にそういう感じがしてくるのである。“あわい”と書くと、泡に通じ、くどくなる感じがする。戦後、旧仮名遣いが、新仮名遣いに切り替えられたことで消えていったた日本語の音感というものが、ずいぶんあるような気がする。

     

きょうは、21日、お大師である。中須では、徳巖寺に市が立つ。後背のお大師山登下山道に88か所のお堂がある。お大師市は、4月21日と9月21日で、私が、子どものころは、浅草並みの人出で、石灯籠が倒れて怪我人が出たほどであった。

 須々万もお大師だというのは、きょう、初めて知ったのである。須々万全域に、88か所のお堂があって、ところところで、子どもたちのために、お菓子などを用意しており、一日、子どもたちの天国となる。

写真は、一の坂の民家の縁先に鎮座しているお大師像である。

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2012年4月20日 (金)

桜散るーFacebook俳句7

 桜散る たぬきの庭で 次の花

さくらウィークでは、林業のこと農業のことも含め、何人かの人と、思わぬ出会いの中で、熱く語り合った。庭の桜ははらはらと散り始めたが、山桜は満開。ところで、こぶしの花はどうしているのか?

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2012年4月19日 (木)

Facebook俳句6-水木

 鹿野に行って 水木を知る さくらウィーク

写真は水木(有楽町)の草餅と菜畑

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2012年4月15日 (日)

さくらウィーク(完)ー共に産み出し分かちあう、人間的な喜び

Photo 鹿野さくらウィーク最終日は、石船温泉さくらまつり。毛利治郎さんの「渋川のおばちゃんの歌」に振付をした踊り、本邦初公開。  私は、そのあと、茶席で抹茶を。 Photo_2   ついで、きのうとおとといと、さくら御膳が売り切れだった大潮田舎の家に。予約を受けていただいていたので、ようやくありついたというところ。 Photo_3  「石楠花」はきのう、さくらウィークメニューは特にないとのことだったので、いいかと思っていたが、この際、立ち寄ってうどんをいただき、全店“食覇”を達成。

Photo_4  私にとっても、この全店踏破で、知っておくべきことを知ったし、これまで、知ろうとして解らなかったことを知ることができたり、大きな収穫があった1週間であった。

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2012年4月14日 (土)

さくらウィーク(続々々)ー共に産み出し分かちあう、人間的な喜び。

鹿野さくらウィーク。参加店それぞれの色合いと味わいがあります。取りあえず、写真のオンパレード。きょうのところは、写真のみですが。Facebookには、随時、携帯からアップ。このとりくみ、「だれかが、特別こいいことするということでなく、地域の共同でやっているので」と弾む気持ちを、大田屋さんが語っていた。共に産み出し分かち合う。人間的な喜びです。なお、参加店踏破は、いま、胸突き八丁。残るは、鹿野サービスエリア、ボンブレッド、しゃくなげ、大潮田舎の店、石船温泉。

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2012年4月10日 (火)

鹿野さくらウィーク

鹿野さくらウィークの参加店めぐりも5日目。これまで知らなかったケーキ屋周平堂のケーキは、七恵夫婦と奏多へのお土産に持って帰った。

 ぞうさんの家からバスで帰ってきたが、すぐに昼寝。

20120410  わたしは、高瀬茶で、やはり周平堂の桜まんじゅうを一つ。 まもなく、目を覚ました奏多は、ケーキを一心不乱に食べ始めた。七恵と「イクメン」にも一つづ。おいしい!! 都会的センスもある!! Dsc_0211   店は地味。帰る前に、マルタで出会った商工会長さんの話では、やはり、経営は大変とのこと。それでも持ちこたえているのは、この味を持っているからかも。

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